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札幌地方裁判所 平成11年(行ウ)16号 判決

主文

一  被告が、別紙物件目録(一)の土地について、平成一一年八月一三日付けでした道路位置指定の廃止処分を取り消す旨の裁決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  土地所有関係

(一) 原告は、平成一〇年九月一〇日、Aから、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件道路」という)を、Bらから、別紙物件目録(二)及び(三)記載の各土地並びに別紙物件目録(七)記載の建物を買い受けた。

(二) Cは、昭和四四年三月二八日、別紙物件目録(四)記載の土地を、昭和五一年一二月二八日、別紙物件目録(五)及び(六)記載の各土地をそれぞれ買い受けた。

別紙物件目録(四)記載の土地上には、D名義の別紙物件目録(八)記載の建物が建築され、別紙物件目録(五)及び(六)記載の各土地は、その庭として使用されている。

(三) 別紙物件目録記載(一)ないし(八)の土地(以下、適宜「地番」をもって特定する)及び建物の位置関係並びに他の道路との位置関係は、別紙図面(一)のとおりである。

2  道路位置指定及び廃止

(一) 札幌市長は、昭和三八年一一月一六日、建築基準法四二条一項五号に基づき、本件道路を建築基準法上の道路に指定した。

(二) 原告は、平成一〇年一二月二二日、札幌市長に対し、本件道路の位置指定の廃止を申請した。

(三) 札幌市長は、平成一一年一月六日、建築基準法四五条に基づき、本件道路の位置指定の廃止処分(以下「本件廃道処分」という)をした。

3  本件廃道処分の取消裁決

(一) Eは、平成一一年二月五日、被告に対し、本件道路に面する土地の所有者であるとして、本件廃道処分の取消しを求める審査請求をした。

(二) 被告は、平成一一年八月一三日、本件廃道処分を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という)をした。

その理由は、札幌市長は、Eが本件道路の権利関係者か否か、権利関係者であるとすれば承諾は得られているか否かにつき、審査すべきであったのに、その手続を怠った、右手続の欠如は、重大な手続上の瑕疵であるから、本件廃道処分は、違法を免れない、というものである。

4  しかしながら、本件裁決は、次のような瑕疵があり、違法である。

(一) 廃道申請がなされた場合、行政庁は、指定道路に接する他の所有地が公道に二メートル以上の幅で接する限り、建築基準法四二条一項五号の指定道路を廃止すべき義務がある。この際、(1)廃道申請に関する事前通知義務の規定は存在しないこと、(2)指定道路に接する他の土地所有者は、右道路について、行政法上単に反射的利益を有するにすぎず、通行権等の具体的権利を有しないことから、行政庁は、他の土地所有者への事前通知及びその承諾を求める必要はない。通知・承諾を怠ったとしても、廃道処分につき、違法・不当の問題は起こらない。

(二) 本件廃道処分によって建築基準法四三条一項に抵触することはない。八六二番四三の土地は、札幌市道である「α,β中線」(以下「市道中線」という)に、八六二番七七及び同番七八の各土地は、札幌市道である「β二号線」(以下「市道二号線」という)に、それぞれ二メートル以上の幅で接している。

したがって、本件廃道処分に関して、関係権利者に通知をして承諾を得る必要はない。

(三) 仮に関係権利者への通知及びその承諾が必要であるとしても、以下のような経緯で、Eが関係権利者と主張するに至ったものであり、Eヘの通知及びその承諾は不要である。

(1) 原告は、平成一〇年一二月一五日、札幌市都市局建築指導部道路確認課の指導に基づき、C及びDに対し、指定道路廃止の申請通知をした。

(2) Cは、平成一〇年一二月二一日、札幌市に対し、廃止申請の通知を受領した後の平成一〇年一二月一九日に八六二番七七の土地を別紙図面(二)のとおり分筆してその一部をEに売買した(以下「本件売買」という)として、本件廃道処分についてEの了解を得るようにされたい旨申し入れた。

(3) しかし、本件売買は、(ア)頭金又は手付金等の授受がなく、売買代金が平成一一年三月三一日限り支払われる約束となっている、(イ)所有権の移転登記及び土地の引渡しも同日と定められている、(ウ)測量や分筆登記がなされていない、(エ)八六二番七七の土地に設定されているCのたくぎん保証に対する根抵当権が不問にされている、(オ)買主が帯広に在住するCの妻の母親であることから、本件廃道処分の阻止を目的とした仮装譲渡であり、本件売買による所有権を主張することは権利の濫用である。

したがって、Eは、本件廃道処分の関係権利者に該当しないし、関係権利者として取り扱う必要はない。

(四) 札幌市長は、経過説明書を提出させ、関係者の全登記簿謄本を調べ、不動産売買契約書も審査するなど実質的な審査を行った上、Eを関係権利者から除外したものであって、Eからは分筆に係る土地の権利者であることを信じるに足りる客観的な疎明資料(代金の支払や登記経由を証する書面)の提出はなく、売買契約書が提出されたのみであるから、Eが権利者か否かの調査を行う必要はないし、Eを権利者と認めず手続を進めたことをもって、本件廃道処分に手続上の違反がある、とすることはできない。

5  よって、原告は、本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  請求原因4は争う。

三  被告の主張

1  道路位置指定の廃止処分(以下「廃道処分」という)は、道路位置指定処分の撤回であり、当該道路の所有者に対し、その権利制限から解放するものであるから、建築基準法は、廃道処分の手続について、明文の規定を置いていない。しかし、廃道処分は、道路位置の指定処分によって形成された関係権利者の既得権的地位を奪う効果を有する。したがって、処分庁は、廃道処分申請があった場合には、原則として、廃道処分により接道要件を満たさなくなり、その法的地位に重大な影響がでる当該道路の沿接敷地の関係権利者の承諾を得る必要がある。

そして、処分庁は、申請書の形式的審査のみではなく、職務の誠実な遂行として、申請の内容について実質的な審査を行う義務を負う。

2  札幌市建築基準法施行細則九条五項は、廃道処分をしようとする場合について、建築基準法施行規則九条(同条項は、「法四二条一項五号に規定する道路の位置の指定を受けようとする者は、申請書正副二通に、地積図及び指定を受けようとする道路の敷地となる土地の所有者及びその土地又はその土地にある建築物若しくは工作物に関して権利を有する者の承諾書を添えて特定行政庁に提出するものとする」と定める)を準用する。

札幌市においては、廃道処分に当たり、申請者に対し、事前に建築基準法四三条一項又は二項の規定に抵触しない当該道路に沿接する隣接敷地の所有者に対しても道路廃止の申請をする旨の「通知」をし、そして申請書にはその者からの「承諾書」を添付することを行政指導により求めてきた。

3  これを本件廃道処分についていえば、札幌市長は、CとE間で作成された本件道路に接する土地の売買契約書が提出された以上、Eが形式的には一応本件廃道処分につき法的な利害関係を有する関係権利者に該当するから、Eが真実関係権利者であるか否かについて土地分筆の有無を確認するなどの実質的な審査をし、関係権利者に当たれば廃道処分について承諾を得るべきであったにもかかわらず、Eが関係権利者であるか否かについて何も調査をせず、Eをまったく無視し、あるいは仮装であると決めつけて、本件廃道処分をしたから、本件廃道処分には、手続上の瑕疵があり、違法である。

4  したがって、本件廃道処分を取り消した本件裁決は、適法である。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  事実関係

請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。右争いがない事実に本件証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、八六二番三一及び同番四八の各土地とともに本件道路を取得するに際し、本件道路を廃道処分にして隣接地と一体にして利用することを計画した。

2  原告は、札幌市の行政指導に従って、Cに対しては平成一〇年一二月一六日到達の書面をもって、Dに対しては同月二五日到達の書面をもって、それぞれ本件道路の廃止申請をする旨を通知した。

3  札幌市は、平成一〇年一二月一七日、Cからの電話に対し、原告から本件廃道処分の申請をしたい旨の相談があったこと、廃道処分の要件は具備しているので、申請があり次第廃道処分することを伝えた。

4  Cは、平成一〇年一二月二一日、札幌市に対し、売買契約書を添付して、Eに対して八六二番七七の土地を別紙図面(二)のとおり分筆してうち一八五・二〇平方メートルを売却したので、指定道路の解除については新所有者の了解を得るように配慮されたい旨通知した。

5  添付された売買契約書によれば、契約日は平成一〇年一二月一九日とされ、買主Eの住所地は帯広市であり、売買物件は別紙図面(二)のうち一八五・二〇平方メートル部分であり、売買代金は一一〇〇万円で、売買代金の支払時期並びに登記及び引渡しの時期が平成一一年三月三一日とされ、平成一一年一月末までに測量及び分筆を行う、とされていた。

本件売買は、売買対象地の測量・分筆登記もされておらず、手付金等の授受もないものであり、買主のEはCの妻の母であり、売買物件は本件道路のみに接するように分筆されたものであり、設定されていたCのたくぎん保証に対する根抵当権に関しても特段の合意がされていなかった。

6  原告は、平成一〇年一二月二二日、Cへの道路廃止通知確認、廃道部分の地積図及び札幌市長が必要と認めた書類である土地の登記簿謄本、権利者の印鑑証明書等の書類を添附し、本件道路の廃道を申請した。

7  札幌市は、平成一一年一月六日、本件道路の廃道申請を受理し、同日、本件廃道処分をした。

8  CとEは、平成一一年二月五日、被告に対し、本件廃道処分の審査請求をした。

9  被告は、平成一一年八月一三日、Cの審査請求を棄却し、Eの審査請求に基づき本件廃道処分を取り消す旨の裁決(本件裁決)をした。

本件裁決の理由の要旨は、処分庁は、本件廃道処分に際し、廃道処分により「法四三条一項及び同条二項に基づく接道義務に反するいわゆる袋地が発生しないか否か、あるいは廃止処分により法律的な権利を害される者が存在するか否かなどの関係権利者の存在について形式的な審査を行うのみでは足らず、各種の資料に基づいてこれら関係権利者の把握及びその承諾の有無につき審査を行うべき義務がある」、「処分庁はCの関係者から七七の土地については分筆のうえEに売却したので本件道路の道路位置指定の廃止については新所有者の承諾を受ける様配慮されたい旨連絡を受けていたが、原処分に際しては、Eの承諾があることを証する書面等の確認はしなかった」、「処分庁は売買契約書の提示によりEの存在を認知しているのであるから、原処分につき承諾を得るべき関係権利者に形式的にEが含まれることは明らかである」とし、「Eが、真実関係権利者か否か、関係権利者であるとすれば承諾は得られているか否かにつき審査をすべきであり、この審査をしなかった処分庁の原処分の手続には重大な瑕疵があるといわざるを得ず、この手続上の瑕疵は処分庁の判断に影響を与えることは明白であるから、原告処分は違法である」とするものである。

10  なお、本件道路及び関係土地・建物並びに他の道路との位置関係は、別紙図面(一)のとおりである。

二  前項認定の事実関係を前提に、本件裁決の当否を検討する。

1  私道は、私人が自己の所有する土地を提供して築造する道路であり、その管理も私人が行うものであるから、私道を変更又は廃止しようとすることは本来自由なはずである。廃道処分は、道路位置指定処分と異なり、指定による私権の制限の解除を意味するものであり、道路に接する土地の建物の所有者が当該道路を利用できる利益は、私道所有者の権利制限のもとになりたっており、民法上の使用権限を取得しない限り、公法上の反射的な利益に過ぎない。廃道処分を行う際の関係権利者の承諾の要否について、建築基準法、同法施行令及び同法施行規則のいずれにも規定がないのは右の趣旨に基づくものと考えられる。

したがって、建築基準法上、廃道処分について、道路に接する土地の関係権利者の承諾は要件でない、と解される。

とすれば、沿接土地の関係権利者の承諾が必要であることを前提に、Eが沿接土地の関係権利者か否か調査しなかった点に手続違反があるとする本件裁決は、その前提の解釈に誤りがある。

2  ただし、建築基準法四五条一項は、特定行政庁は、私道の廃止によって、その道路に接する敷地が同法四三条の規定(いわゆる接道義務)又は同条二項の規定に基づく条例の規定に抵触することとなる場合においては、その私道の廃止を禁止し、又は制限することができる旨規定する。

したがって、私道の廃止によって、建築基準法四三条の接道義務違反が生じる場合には、接道義務違反になる道路に接する土地の所有者から廃道の承諾が得られない限り、特定行政庁は廃道処分をしないことができる、と解される。この場合には、接道義務違反になる道路に接する土地の所有者が廃道を承諾すれば、廃道処分ができることになるから、廃道処分をするに際し、道路に接する土地の所有者の廃道の承諾を要件にすることは、建築基準法上、右のような趣旨で法律的な意味がある、と解する余地がある。

しかし、建築基準法四三条が接道義務を定めるのは、「建築物の敷地」であり、建築物が存在する土地に関する規定である、と解されるから、現実に建築物が存在しないEが取得した土地について、接道義務違反の問題は生じることはなく(本件道路に接する土地を取得したEは、将来本件道路を建築基準法上の道路として使用する期待を有する、といえるが、本件道路について民法上の利用権限を取得しない限り、事実上の利益に過ぎない)、この点からも、本件道路の廃道について、Eの承諾が必要となるものではなく、Eの承諾を必要とするか否かの調査手続も問題にはならない。

3  仮に、接道義務違反の有無の紛争を回避するために、道路に接する土地の所有者に対し、廃道申請があったことを通知し、右所有者から、廃道の承諾を得る手続を要求する行政指導にも一定の意味があるとしても(この場合にも、右指導の手続上の違反が直ちに違法になるかは問題ではあるが)、本件売買は、前記認定のとおり、本件廃道処分の申請の三日前になされ、しかも、その買主は、帯広市に在住するCの妻の母親であり、現実に代金の授受も分筆手続も登記もされていないのであり、その分筆の範囲も、別紙図面(二)のとおり、わざわざ市道二号線に接しないようになっていること等に照らせば、原処分がその判断の根拠とした資料からも、本件売買が本件廃道処分申請を妨害することを目的とした仮装売買であることは明らかであり、右のような売買の当事者であるEを本件道路に接する土地の所有者として取り扱う手続上の必要はない、と解すべきであるから、Eが関係権利者であるか否かについて調査をすることを求めて、本件廃道処分に手続上の瑕疵があるとした本件裁決は、誤りであるといわざるを得ない。

4  以上検討のとおり、いずれにしても、Eが権利者であるか否かを審査する手続上の必要はないから、これを求める本件裁決は、違法であり、取り消されるべきである。

三  よって、本件裁決は、違法なものであるから、これを取り消すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 高瀬順久 裁判官 鵜飼万貴子)

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